77.崇徳院の歌:瀬をはやみ岩にせかるる滝川の~

滝川 と 瀬 を て 思ふ み あ も 岩 早 末 に はむ の ぞ か にせ われ るる

😭 曽祖父は・実範。

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現代ではもう、このような愛情表現は皆無なのでしょうが、それでも憧れはありますね。

瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ(「ANOTHER WORLD/Killer Rouge」稽古場)

滝川 と 瀬 を て 思ふ み あ も 岩 早 末 に はむ の ぞ か にせ われ るる

💕 今の時期は誰しもに厳しい「冬」にもたとえられるでしょうが、 長い冬は暖かい春への準備だとも言えるでしょう。 ) 1155年、近衛帝が病により17歳でし、の弟・後白河帝が即位(29歳)。

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「わろてんか」第10週のストーリーでも、仲違いした夫婦(藤吉てん、団真お夕)を「われても末に あはむとぞ思ふ=元サヤ」とするために、周囲の「代理人」(風太、おトキ、てん)らが奔走しており、「崇徳院」の噺を思わせるようなストーリーとなっています。

歴史好きの考え事: 百人一首77 瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ

滝川 と 瀬 を て 思ふ み あ も 岩 早 末 に はむ の ぞ か にせ われ るる

⚑ 父に疎まれ譲位を迫られた崇徳帝(23歳)は、弟近衛帝(3歳)に譲位しました。 こんな思わせぶりな歌を残されてしまったので若旦那はすっかりこのお嬢さんのことが頭から離れず恋患いとなってしまったようです。 最後までご愛読いただいた約1100人の読者の皆様、ありがとうございました。

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「え!、これが歌の意味ですかい。

崇徳院(すとくいん)|子供と愉しむ百人一首:百人一首の意味を知ろう

滝川 と 瀬 を て 思ふ み あ も 岩 早 末 に はむ の ぞ か にせ われ るる

👈 鳥羽上皇の死後、後白河天皇との間で、 後の天皇にどちらの皇子を立てるかで対立。 落語「崇徳院」では、若旦那側だけでなく実は娘側も「恋わずらい」に陥っており、熊さん同様に娘側の代理人も若旦那探しに駆り出されていました。 (瀬)を(早)み:~が~なので。

名も知らぬ美しい娘が残した、崇徳院の句 商家の若旦那が神社に参詣した際に茶店で目にした、とびきり美しい娘。

【百人一首鑑賞】瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ 崇徳院|LADY

滝川 と 瀬 を て 思ふ み あ も 岩 早 末 に はむ の ぞ か にせ われ るる

😇 読み せをはやみ いはにせかるる たきがはの われてもすゑに あはむとぞおもふ 季節 - 現代意訳 川の流れが早いので、岩にせき止められた急流が時にはふたつに分かれても、またひとつになるように、わたし達の間も、 今はたとえ人にせき止められていようとも 後にはきっと結ばれるものと思っています。 「~を+形容詞の語幹+み」と続くと、「~が・形容詞・なので」と理由を表す言葉になります。

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胸ぐらを掴みながら、家に来い、いや俺の所に先に来いと、争っていると、床屋の商売道具の鏡を割ってしまう。

【百人一首 77番】瀬を早み…歌の現代語訳と解説!崇徳院はどんな人物なのか|百人一首解説サイト

滝川 と 瀬 を て 思ふ み あ も 岩 早 末 に はむ の ぞ か にせ われ るる

🤙 先述の通り、 崇徳は(やはり先々代白河法皇の子ということでしょうか) 鳥羽天皇には愛されませんでしたが、白河法皇は 崇徳を可愛がり、彼が5歳の時に 鳥羽天皇(21歳)に譲位させます。 2月4日は立春でした。

「ても」は逆接の仮定で、「たとえ~したとしても」という意味で すので「2つに分かれてたとしても後々には」という意味になります。 敗れた崇徳院は讃岐に流され、生きながらにして悪霊となり、8年後世の中を呪いながら亡くなりました。

【わろてんか】落語「崇徳院」内容 「瀬をはやみ〜」の句が持つ意味

滝川 と 瀬 を て 思ふ み あ も 岩 早 末 に はむ の ぞ か にせ われ るる

😅 「やまとうた」興隆の 立役者 紀貫之 866-872? 後世には、崇徳院の不遇な生涯とこの歌を結びつけ、強引に譲位させられた無念の想いが込められている、と解釈する研究者もいます。

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確か川の流れを人に例えているそう、擬人法だったように思うのですが…。

瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の 割れても末に あはむとぞ思ふ

滝川 と 瀬 を て 思ふ み あ も 岩 早 末 に はむ の ぞ か にせ われ るる

🚒 崇徳天皇が詠んだ句「瀬をはやみ〜」から着想 落語「崇徳院」は、崇徳院こと崇徳天皇(第75代天皇。 肩を組んだり、じゃれ合った二人は沢山来るが、もう今では化石標本でしか無いのであろうか。

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そうして彼らはみな 悉く 後白河の裏工作の 餌食となって、歴史の 彼方へと消えて行くのです・・・消え去らなかったのは 源頼朝だけ。